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     上
 幾頭の獅子(しし)の挽(ひ)ける車の上に、勢(いきおい)よく突立ちたる、女神(にょしん)バワリアの像は、先王ルウドヰヒ第一世がこの凱旋門(がいせんもん)に据(す)ゑさせしなりといふ。その下(もと)よりルウドヰヒ町を左に折れたる処に、トリエント産の大理石にて築(きず)きおこしたるおほいへあり。これバワリアの首府に名高き見ものなる美術学校なり。校長ピロッチイが名は、をちこちに鳴りひびきて、独逸(ドイツ)の国々はいふもさらなり、新希臘(ギリシア)、伊太利(イタリア)、(デンマーク)などよりも、ここに来(きた)りつどへる彫工(ちょうこう)、画工数を知らず。日課を畢(お)へて後(のち)は、学校の向ひなる、「カッフェエ・ミネルワ」といふ店に入りて、珈琲(カッフェー)のみ、酒くみかはしなどして、おもひおもひの戯(たわぶれ)す。こよひも瓦斯燈(ガスとう)の光、半ば開きたる窓に映じて、内には笑ひさざめく声聞ゆるをり、かどにきかかりたる二人あり。
《略》
 「この二人のさまの殊(こと)なるは、早くわが目を射(い)き。人を人ともおもはぬ、殆(ほとんど)憎げなる栗うり、やさしくいとほしげなるすみれうり、いづれも群(むれ)ゐる人の間を分けて、座敷の真中(まなか)、帳場(ちょうば)の前あたりまで来し頃、そこに休みゐたる大学々生らしき男の連れたる、英吉利種(イギリスだね)の大狗(おおいぬ)、いままで腹這(はらば)ひてゐたりしが、身を起して、背をくぼめ、四足(よつあし)を伸ばし、栗箱に鼻さし入れつ。それと見て、童の払ひのけむとするに、驚きたる狗、あとに附きて来し女の子に突当れば、『あなや、』とおびえて、手に持ちし目籠とり落したり。茎(くき)に錫紙(すずがみ)巻きたる、美しきすみれの花束、きらきらと光りて、よもに散りぼふを、好(よ)き物得つと彼(かの)狗、踏みにじりては、(くわ)へて引きちぎりなどす。ゆかは暖炉(だんろ)の温(ぬく)まりにて解けたる、靴の雪にぬれたれば、あたりの人々、かれ笑ひ、これ罵(ののし)るひまに、落花狼藉(らっかろうぜき)、なごりなく泥土に委(ゆだ)ねたり。栗うりの童は、逸足(いちあし)出(いだ)して逃去り、学生らしき男は、欠(あく)びしつつ狗を叱(しっ)し、女の子は呆(あき)れて打守(うちまも)りたり。この菫花うりの忍びて泣かぬは、うきになれて涙の泉涸(か)れたりしか、さらずは驚き惑(まど)ひて、一日の生計(たつき)、これがために已(や)まむとまでは想到(おもいいた)らざりしか。しばしありて、女の子は砕(くだ)けのこりたる花束二つ三つ、力なげに拾はむとするとき、帳場にゐる女の知らせに、ここの主人(あるじ)出でぬ。赤がほにて、腹突きいだしたる男の、白き前垂したるなり。太き拳(こぶし)を腰にあてて、花売りの子を暫し睨(にら)み、『わが店にては、暖簾師[#「暖簾師」の右側に(のれんし)、左側に(ハウジイレル)とルビ、45-5]めいたるあきなひ、せさせぬが定(さだめ)なり。疾(と)くゆきね。』とわめきぬ。女の子は唯(ただ)言葉なく出でゆくを、満堂の百眼(ひゃくまなこ)、一滴(ひとしずく)の涙なく見送りぬ。」
《略》
 少女が側(そば)に坐したりし一人は、「われをもすさめ玉はむや、」といひて、右手(めて)さしのべて少女が腰をかき抱きつ。少女は「さても礼儀知らずの継子どもかな、汝らにふさはしき接吻のしかたこそあれ。」と叫び、ふりほどきて突立ち、美しき目よりは稲妻(いなずま)出づと思ふばかり、しばし一座を睨(にら)みつ。巨勢は唯呆(あき)れに呆れて見ゐたりしが、この時の少女が姿は、菫花うりにも似ず、「ロオレライ」にも似ず、さながら凱旋門上のバワリアなりと思はれぬ。
 少女は誰(た)が飲みほしけむ珈琲碗に添へたりし「コップ」を取りて、中なる水を口に銜(ふく)むと見えしが、唯一(ひとふき)。「継子よ、継子よ、汝ら誰(たれ)か美術の継子ならざる。フィレンチェ派学ぶはミケランジェロ、ヰンチイが幽霊、和蘭(オランダ)派学ぶはルウベンス、ファン・ヂイクが幽霊、我国のアルブレヒト・ドュウレル学びたりとも、アルブレヒト・ドュウレルが幽霊ならぬは稀(まれ)ならむ。会堂に掛けたる『スツヂイ』二つ三つ、値段(ねだん)好く売れたる暁(あかつき)には、われらは七星われらは十傑、われらは十二使徒と擅(ほしいまま)に見たてしてのわれぼめ。かかるえり屑(くず)にミネルワの唇いかで触れむや。わが冷たき接吻にて、満足せよ。」とぞ叫びける。
《略》
 皆すさまじげなる気色(けしき)して、「狂人」と一人いへば、「近きに報(むくい)せでは已(や)まじ」と外の一人いふを、戸口にて振りかへりて。「遺恨に思ふべき事かは、月影にすかして見よ、額に血の迹(あと)はとどめじ。吹きかけしは水なれば。」
     中
 あやしき少女(おとめ)の去りてより、ほどなく人々あらけぬ。帰(かえ)り路(じ)にエキステルに問へば、「美術学校にて雛形(モデル)となる少女の一人にて、『フロイライン』ハンスルといふものなり。見たまひし如く奇怪なる振舞(ふるまい)するゆゑ、狂女なりともいひ、また外の雛形娘と違ひて、人に肌見せねば、かたはにやといふもあり。その履歴知るものなけれど、教(おしえ)ありて気象よの常ならず、(けが)れたる行(おこない)なければ、美術諸生の仲間には、喜びて友とするもの多し。善(よ)き首(こうべ)なることは見たまふ如し。」と答へぬ。巨勢(こせ)、「我画かくにもようあるべきものなり。『アトリエ』ととのはむ日には、来(こ)よと伝へたまへ。」エキステル、「心得たり。されど十三の花売娘にはあらず、裸体の研究、危(あやう)しとはおもはずや。」巨勢、「裸体の雛形せぬ人と君もいひしが。」エキステル、「現(げ)にいはれたり。されど男と接吻したるも、けふ始めて見き。」エキステルがこの言葉に、巨勢は赤うなりしが、街燈暗き「シルレル・モヌメント」のあたりなりしかば、友は見ざりけり。巨勢が「ホテル」の前にて、二人は袂(たもと)を分ちぬ。  《略》  されどグスタアフ・フライタハはさすがそら言(ごと)いひしにあらず。美術家ほど世に行儀悪(あ)しきものなければ、独立(ひとりた)ちて交(まじわ)るには、しばしも油断すべからず。寄らず、障(さわ)らぬやうにせばやとおもひて、計(はか)らず見玉(みたま)ふ如き不思議の癖者(くせもの)になりぬ。をりをりは我身、みづからも狂人にはあらずやと疑ふばかりなり。これにはレオニにて読みしふみも、少(すこ)し祟(たたり)をなすかとおもへど、もし然(さ)らば世に博士と呼ばるる人は、そもそもいかなる狂人ならむ。われを狂人と罵る美術家ら、おのれらが狂人ならぬを憂へこそすべきなれ。英雄豪傑、名匠大家となるには、多少の狂気なくて(かな)はぬことは、ゼネカが論をも、シエエクスピアが言(げん)をも待(ま)たず。見玉へ、我学問の博(ひろ)きを。狂人にして見まほしき人の、狂人ならぬを見る、その悲しさ。狂人にならでもよき国王は、狂人になりぬと聞く、それも悲し。悲しきことのみ多ければ、昼は蝉(せみ)と共に泣き、夜は蛙(かわず)と共に泣けど、あはれといふ人もなし。おん身のみは情(つれ)なくあざみ笑ひ玉はじとおもへば、心のゆくままに語るを咎(とが)め玉ふな。ああ、かういふも狂気か。」
     下
 定(さだめ)なき空に雨歇(や)みて、学校の庭の木立(こだち)のゆるげるのみ曇りし窓の硝子(ガラス)をとほして見ゆ。少女(おとめ)が話聞く間、巨勢(こせ)が胸には、さまざまの感情戦ひたり。或ときはむかし別れし妹に逢(あ)ひたる兄の心となり、或ときは廃園に僵(たお)れ伏(ふ)したるヱヌスの像に、独(ひとり)悩める彫工の心となり、或るときはまた艶女(えんにょ)に心動され、われは堕(お)ちじと戒むる沙門(しゃもん)の心ともなりしが、聞きをはりし時は、胸騒ぎ肉顫(ふる)ひて、われにもあらで、少女が前に跪(ひざまず)かむとしつ。少女はつと立ちて「この部屋の暑さよ。はや学校の門もささるる頃なるべきに、雨も晴れたり。おん身とならば、おそろしきこともなし。共にスタルンベルヒへ往(ゆ)き玉はずや。」と側(そば)なる帽(ぼう)取りて戴(いただ)きつ。そのさま巨勢が共に行くべきを、つゆ疑はずと覚(おぼ)し。巨勢は唯(ただ)母に引かるる穉子(おさなご)の如く従ひゆきぬ。  門前にて馬車雇(やと)ひて走らするに、ほどなく停車場に来ぬ。けふは日曜なれど、天気悪(あ)しければにや、近郷(きんごう)よりかへる人も多からで、ここはいと静(しずか)なり。新聞の号外売る婦人あり。買ひて見れば、国王ベルヒの城に遷(うつ)りて、容体(ようだい)穏なれば、侍医グッデンも護衛を弛(ゆる)めさせきとなり。車(きしゃ)中には湖水の畔(ほとり)にあつさ避くる人の、物買ひに府に出でし帰るさなるが多し。王の噂(うわさ)いと喧(かまびす)し。「まだホオヘンシュワンガウの城にゐたまひし時には似ず、心鎮(しず)まりたるやうなり。ベルヒに遷さるる途中、ゼエスハウプトにて水求めて飲みたまひしが、近きわたりなりし漁師(りょうし)らを見て、やさしく頷(うなず)きなどしたまひぬ。」と訛(だ)みたることばにて語るは、かひもの籠(かご)手にさげたる老女(おうな)なりき。  《略》  少女はつと立ちて、桟橋(さんばし)に繋(つな)ぎし舟を指さし、「舟漕(こ)ぐことを知り玉ふか。」巨勢、「ドレスデンにありし時、公園のカロラ池にて舟漕ぎしことあり、善くすといふにあらねど、君独(ひと)りわたさむほどの事、いかで做得(なしえ)ざらむ。」少女、「庭なる椅子(いす)は濡(ぬ)れたり。さればとて屋根の下は、あまりに暑し。しばし我を載せて漕ぎ玉へ。」  巨勢はぬぎたる夏外套(なつがいとう)を少女に被(き)せて小舟(おぶね)に乗らせ、われは櫂(かい)取りて漕出(こぎい)でぬ。雨は歇みたれど、天なほ曇りたるに、暮色は早く岸のあなたに来ぬ。さきの風に揺られたるなごりにや、敲(かじたた)くほどの波はなほありけり。岸に沿ひてベルヒの(かた)へ漕ぎ戻すほどに、レオニの村落果つるあたりに来ぬ。岸辺の木立(こだち)絶えたる処に、真砂路(まさごじ)の次第に低くなりて、波打際(なみうちぎわ)に長椅子据(す)ゑたる見ゆ。蘆(あし)の一叢(ひとむら)舟に触れて、さわさわと声するをりから、岸辺に人の足音して、木の間を出づる姿あり。身の長(たけ)六尺に近く、黒き外套を着て、手にしぼめたる蝙蝠傘(こうもりがさ)を持ちたり。  《略》  
 時は耶蘇暦千八百八十六年六月十三日の夕(ゆうべ)の七時、バワリア王ルウドヰヒ第二世は、湖水に溺(おぼ)れて(そ)せられしに、年老いたる侍医グッデンこれを救はむとて、共に命を殞(おと)し、顔に王の爪痕(そうこん)を留(とど)めて死したりといふ、おそろしき知らせに、翌(あくる)十四日ミュンヘン府の騒動はおほかたならず。街の角々には黒縁(くろぶち)取りたる張紙(はりがみ)に、この訃音(ふいん)を書きたるありて、その下には人の山をなしたり。新聞号外には、王の屍見出だしつるをりの模様に、さまざまの臆説(おくせつ)附けて売るを、人々争ひて買ふ。点呼に応ずる兵卒の正服つけて、黒き毛植ゑたるバワリア※(かぶと)戴(いただ)ける、警察吏の馬に騎(の)り、または徒立(かちだち)にて馳(は)せちがひたるなど、雑沓(ざっとう)いはんかたなし。久しく民に面(おもて)を見せたまはざりし国王なれど、さすがにいたましがりて、憂(うれい)を含みたる顔も街に見ゆ。美術学校にもこの騒ぎにまぎれて、新(あらた)に入(いり)し巨勢がゆくへ知れぬを、心に掛くるものなかりしが、エキステル一人は友の上を気づかひゐたり。  六月十五日の朝(あした)、王の柩(ひつぎ)のベルヒ城より、真夜中に府に遷(うつ)されしを迎へて帰りし、美術学校の生徒が「カッフェエ・ミネルワ」に引上げし時、エキステルはもしやと思ひて、巨勢が「アトリエ」に入りて見しに、彼はこの三日がほどに相貌(そうぼう)変りて、著(し)るく痩(や)せたる如く、「ロオレライ」の図の下に跪(ひざまず)きてぞゐたりける。
 国王の横死(おうし)の噂(うわさ)に掩(おお)はれて、レオニに近き漁師ハンスルが娘一人、おなじ時に溺れぬといふこと、問ふ人もなくて已(や)みぬ。



底本:
「舞姫・うたかたの記 他三篇」岩波文庫、岩波書店
1981(昭和56)年1月16日初版発行
1999(平成11)年7月15日36刷
底本の親本:
「鴎外全集 第二巻」岩波書店
1971(昭和46)年12月初版発行

※本作品中には、身体的・精神的資質、職業、地域、階層、民族などに関する不適切な表現が見られます。しかし、作品の時代背景と価値、加えて、作者の抱えた限界を読者自身が認識することの意義を考慮し、底本のままとしました。(青空文庫)

入力:
よしだひとみ
校正:
松永正敏
ファイル作成:
野口英司
2000年7月18日公開
青空文庫作成ファイル:
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